日刊伯剌西爾蹴球新聞
いつの時代も数多くのクラッキ(名手)を生み出してきたブラジル。常にサッカーシーンの中心に位置し続ける「王国」について、ポルトガル語に堪能なスポーツ記者が取材や独自の情報源を基に記事を執筆、配信する。

スポンサーサイト

--/--/--(--)
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。



  1. --:--:--|
  2. スポンサー広告|
  3. トラックバック(-)|
  4. コメント(-)

契約更新したばかりのロマーリオが紅白戦で初ゴール

2006/01/09(月)
 ヴァスコ・ダ・ガマと契約を更新した元ブラジル代表のロマーリオが8日(日本時間9日)、リオ・デ・ジャネイロ市内で行われたヴァスコの初練習に参加、控え組を相手にした紅白戦でゴールを挙げるなど動きのよさを見せた。
 昨シーズン39歳ながらブラジル全国選手権で22得点を挙げ、得点王に輝いたバイシーニョ(おチビさんの意でロマーリオの愛称)。全盛時のスピードこそないものの、豪華メンバーを揃えるコリンチャンスが獲得に名乗りを上げるなど得点感覚に衰えは見られない。この日、58分間レギュラー組でプレーしたロマーリオは前半早々、GKをループでかわす技巧的なシュートを決め1対0でレギュラー組の勝利に貢献した。
0,,3972666,00.jpg




アルゼンチン代表でコリンチャンスMFのマスチェラーノが語った目標

2006/01/08(日)
 昨シーズン、ブラジル国内で最も注目を集めたアルゼンチン人選手、カルロス・テベス。国内で最も熱狂的として知られるコリンチアーノ(コリンチャンスサポーター)のアイドルとなったテベスの活躍を羨望のまなざしで見つめ続けたもう一人のアルゼンチン人がいた。アルゼンチン代表ではむしろテベスを上回る実績を残しつつあったハビエル・マスチェラーノである。昨シーズン途中、リーベル・プレートからコリンチャンスに移籍した期待のボランチだが負傷のため、ブラジル全国選手権ではわずか8試合に出場したのみ。手術とリハビリのため4ヶ月以上もボールから遠ざかる毎日を送っている。
 このほど母国の有力スポーツ紙「オレ」の取材に答えたマスチェラーノは「コリンチャンスでコパ・リベルタドーレスを制覇したい」と今年の抱負を語った上でW杯本大会についても言及。「代表に呼ばれるためにもコリンチャンスで成功したい。W杯は3年前から目標にしているものだが、その前にまずクラブが僕と契約したことが間違いではなかったことを示したい」。当面はコリンチャンスでの早期復帰を目標にすると語った。
 右足の亀裂骨折の回復ぶりについて、コリンチャンスのチームドクターであるパウロ・デ・ファリア氏は2月15日に敵地コロンビアで予定されるコパ・リベルタドーレスの対デポルテイーボ・カリ戦が復帰初戦になる可能性があるとしている。
20060108232833.jpg




元柏のレイナウドがサントスに移籍

2006/01/08(日)
 サントスは7日、昨季柏に所属したFWレイナウドを獲得したことを明らかにした。すでにチームに合流している元広島のFWガウヴォンとともに9日には練習に参加する見込みだという。レアル・マドリー(スペイン)を解雇されたヴァンデルレイ・ルシェンブルゴ監督が今季、指揮をサントス。無冠に終わった昨季の屈辱を晴らすべく、補強に力を入れていた。サントスに今季所属する元Jリーガーはセレッソ大阪から移籍したファビーニョを含み3人目となる。
20060108135843.jpg




アモローゾがサン・パウロと契約更新へ

2006/01/07(土)
 FC東京と仮契約を交わすなど動向が注目されていたサン・パウロのFWアモローゾは6日夜(日本時間7日朝)、3年間の契約延長で残留に合意したことを明らかにした。すでに代理人であるニヴァウド・バウド氏とサン・パウロ幹部との間で条件について合意しており、9日にアモローゾ本人が契約書にサインをするだけとなっている。「全てうまくいっている。引き続きサン・パウロのユニフォームを着られる喜びは大きい。サポーターにアレグリア(喜び)を与えられれば」とアモローゾは、有力ラジオ局バンデイランテスの取材に答えた。
来季も引き続きサン・パウロの主力となるアモローゾ




昨年の国外移籍選手は878人に

2006/01/07(土)
 昨年一年間にブラジル国外から世界各国のリーグに移籍したサッカー選手が878人に上ることがブラジルサッカー連盟(CBF)の統計で分かった。CBFの移籍登録を担当するルイス・グスターヴォ氏によると2004年の857人を上回るもので、最多の移籍先となるのが言葉の問題がないポルトガルリーグの約150人。欧州各国や日本など従来の供給先に加えて、モルドバやハイチなど「サッカー後進国」への移籍も目立ってきているという。
 「このことは成功が続いているブラジルサッカー界の成果の現れだ。もし今年のW杯で優勝すれば、さらにこの傾向に拍車がかかるだろう」と同氏は言う。一方で、移籍先へ適応できないなどの理由でブラジル国内に復帰する選手は昨年487人を数えたという。




ACミランがウルグアイ代表DFルガーノの獲得に本腰

2006/01/06(金)
 イタリア・セリエAのACミランは獲得を希望するサン・パウロのDFディエゴ・ルガーノについて移籍金だけでなく、人的補償として右SBのカフーを提供する意向であることがイタリアの有力スポーツ紙「ガゼッタ・デロ・スポルト」の報道で分かった。
 ウルグアイ代表でもあるルガーノはサン・パウロの守備の要として昨年、コパ・リベルタドーレスやクラブ世界選手権の制覇に貢献。また、そのガッツ溢れるプレースタイルがサンパウリーノ(サンパウロサポーター)の心をつかみ、今や主将のGKロジェーリオ・セニと並ぶ人気を集めるまでになった。昨年からACミランだけでなくレアル・マドリー(スペイン)など欧州のビッグクラブが獲得に向け名乗りを上げていた。
 右SBのレギュラーだったシシーニョがレアルに移籍したため、右SBの獲得はサン・パウロにとっても懸案材料の一つ。もともとサン・パウロの下部組織上がりで1992年、93年にはコパ・リベルタドーレスとトヨタカップを連覇しているカフーは同紙の取材に対し「はっきりした時期は分からない。今かも知れないし、7月以降になるかも」などと話している。
アモローゾ(左)と並んでサン・パウロの世界一に貢献したルガーノ




ジーコの三男が名門フラメンゴのテストに挑戦

2006/01/05(木)
 日本代表ジーコ監督の三男チアゴが3日、リオ・デ・ジャネイロ市内でフラメンゴの練習に参加した。昨年末にフラメンゴが明らかにしていたもので、技術とフィジカルの双方について試験を受け、1月中旬から始まるリオ州選手権での戦力になると認められた場合、2年契約を結ぶことになる。
 年末にジーコ監督がCFZで行ったチャリティーマッチにマラドーナらと参加したチアゴが好プレーを披露したことが、フラメンゴ関係者の興味を引き、今回のテストにつながった。
 もともとフラメンゴの下部組織でプレーしていたチアゴだが、トップへは昇格できずこれまでにジーコ監督が持つCFZやコリチーバなどを転々。ポジションは父同様、攻撃的MF。チアゴは「ジーコの息子といわれ続けるのは僕の宿命。でもプレッシャーはない」と契約に向けて意欲を語った。



エクサへの長く険しい道/パレイラが語るW杯・下

2006/01/03(火)
 質 ザガロがテクニカルコーディネーターでなければ、再び監督を引き受けるつもりはなかったというのは本当なのか。

 パレイラ(以下パ) 事実だね。この仕事に戻る意欲は全然なかったんだ。もう頂点に上り詰めていたし、世界王者になっていたんだから。そして、リカルド・テイシェイラ(CBF会長)が私の復帰について話をするために家に来たんだ。もともとはテクニカルディレクターとしての話で、その条件で話を引き受けかけていたときにサガロが現れてこう言ったんだ。「94年(アメリカ大会)の優勝コンビを再結成しようじゃないか」ってね。当初はノー、のつもりだった。でもね、次第に私はプリマドンナのような心境になったよ。ザガロとリカルドが世界で最高の代表チームについて、最高の仕事を提示してくれているのに、私が拒絶しているなんてね。そこで私は引き受けることにしたんだ。もう一度セレソン(代表)を率いる機会を与えてもらって、今では本当に自分の決断に満足している。もう100試合以上もセレソンを率いているんだ。

 質 本大会での主なライヴァルはどこだと思う?

 パ 我々が抱えているような試合を決定付ける能力を持つ選手を、どこの国も持っていない。オランダも2年前までは、こうした選手がいた。フランスにはアンリがいる。スペインにはラウルがいるだけだ。ロナウド、ロナウジーニョ、カカー、アドリアーノそしてロビーニョがいる国なんてどこにもないさ。確かに彼らがいるのは大きいが、それだけではW杯は勝てない。必ずしも最高のチームが勝つとは限らないんだ。もしそうなら、74年はオランダが、82年はブラジルが優勝していたはずだからね。勝てないのでは、などとは考えないよ、ただポジティヴにやるだけさ。でも全てが起こりうるのは承知している。

 質 セレソンの雰囲気はどう?

 パ 浮いた存在は誰もいないよ。セレソンにいるときは、選手たちはお互いを敬っている。彼らはスターでもあり、崇拝の対象でもあり、また妬まれることもある。でもエゴは捨て去らないといけないし、そういう姿勢を保たないとね。彼らが朝食や夕食の後に、テーブルに残ったまま、仲良く話したり、冗談を言い合ったりしている光景を見るのは本当にいいものだ。

 質 ブラジル国内で根強い「クインテット・マジコ(魔法の5人組)」論に固執する人に何か言いたいことは?

 パ サッカーは日々進化するものだ。戦術的に逆行するようなものであれば、何の意味もないよ。4-2-4(パレイラが用いているシステム)はもはや存在しない、彼らは4-1-5のシステムを要求しているんだ!こんなやり方じゃ誰だってW杯で優勝なんて出来るわけがない。今、我々がやっているように攻撃的な選手を4人前線に置くことがオフェンシヴなスタイルの限界だよ。クインテットは、遊びの時にはいいかもしれないけど、決して世界王者を目指すのには向いていない。クアルテット(4人)を前線に置くのは、それが機能するからなんだ。今のシステムでも、すでに世界で一番攻撃的な代表チームじゃないか。
selecao.jpg




クルゼイロのケリーがアル・アイン(アラブ首長国連邦)へ移籍

2006/01/03(火)
 クルゼイロは2日、MFケリー(元FC東京)が昨年のアジアチャンピオンズリーグ(ACL)で準優勝したアル・アインに移籍することを明らかにした。1年半の契約で、ケリーが昨年末にクルゼイロとの契約を更新していることから、アル・アインは約6千万円の違約金をクルゼイロに支払うものと見られる。
 ACLの初代王者でもあるアル・アインは昨年も準優勝に輝いたアジア有数の強豪クラブ。FC東京から移籍後、クルゼイロでエースナンバーの10番をつけたケリーは昨年のブラジル全国選手権でもチーム最多となる16得点を記録するなど主力として活躍していた。ケリーは「僕の年齢(32歳)を考えれば、魅力的なこのオファーを断ることは出来なかった。契約更新もしていたし、本当はクラブに残りたかったんだけど」と金銭的な魅力を移籍の理由として説明した。

名門クルゼイロで10番を背負ったケリー




アルゼンチン代表テベスにインテルが興味

2006/01/02(月)
 3年連続南米最優秀選手に輝いたアルゼンチン代表でコリンチャンスのカルロス・テベス(21)にイタリア・セリエAのインテルミラノが興味を示していることが2日、分かった。イタリアの有力スポーツ紙「コリエーレ・デロ・スポルト」がドイツ大会以降の新シーズン(06~07年)からの獲得を目指す、と報じている。
 2004年末にボカ・ジュニオールス(アルゼンチン)からブラジル国内の移籍金では最高額となる21億円でコリンチャンスが獲得。豊富な運動量と勝負強さで今季のブラジル全国選手権では20得点を記録し、コリンチャンスの4度目の優勝に大きく貢献したテベスは、プラカール誌が選出するベストイレブン賞のボーラ・デ・プラタ(シルバーボール)と年間MVPのボーラ・デ・オウロ(ゴールドボール)の二冠を獲得していた。
 同紙によると、1989年以来のスクデットを目指すインテルはテベスに約35億円の移籍金を用意し、ブラジル代表のアドリアーノとコンビを組ませたい意向だという。
 かつてチェルシーが獲得するとの噂も上がったテベス。ブラジル国内では「カルリート(スペイン語でカルロスちゃん)」の愛称でコリンチャンスサポーターのアイドルになっているだけに今後の動向が注目される。

プラカール誌からの2つの賞を手にするテベス




エクサへの長く険しい道/パレイラが語るW杯・上

2006/01/01(日)
 神はこの男に「重圧」という名の試練を与え続けるのだろうか。1994年のアメリカ大会で、母国を24年ぶりの栄冠に導いたブラジル代表のパレイラ監督は史上最強とさえ言われるタレントを手にドイツに乗り込む。「いかに優勝するか」ではなく「いかに美しく優勝するか」という贅沢な悩みを持つブラジル国民が注視するパレイラの采配。エクサ・カンペオン(6度目の王者)を合言葉にするセレソン(代表)の指揮官が心中を激白した。

 質 94年のセレソンは非常に守備的だったが、現在のチームは攻撃陣にタレントが揃う。パレイラ自身が変化したのか、それとも手持ちのタレントが必然的にあなたに攻撃的なチーム作りをさせたのか。

 パレイラ(以下パ) いかなるチームでも同じシステムを繰り返すことはない。それは私の柔軟性の表れでもある。それに違った時代を比較できないよ。それぞれの時代、そしてチームには個性がある。94年当時は、非常に特殊な状態にいた。何せ、ブラジルは20年以上も優勝を待ち焦がれていたんだから。今はまた、違った状況に置かれているよ。

 質 重圧の大きさも変化したのか。
 
 パ あの当時(94年)、プレッシャーは今よりもっと大きかった。あれだけ長い間、世界王者から遠ざかっているというサポーターの不満が、暴動と政治的危機などと混ぜ合わさっていたし、全ての嫌な雰囲気がセレソンに向けられていた。セレソンに関わった誰もが、非常にプレッシャーを感じていたようだったな。ただ、我々にとって幸運だったのは、散々批判され、失敗を繰り返したあの90年大会のメンバーをベースに持っていたことだった。彼らは94年大会に挑むとき、何をすべきで何をすべきでないか十分に理解してくれていた。90年のときは、馬鹿騒ぎが続いていたんだよ。父や母、嫁さんに子供……家族全員が選手に付きまとっていた。確かにプレッシャーに立ち向かう一つの方法が、家族といることだっていうのは分かる。でもあの状況では、家族といることがダメにするんだ。W杯はある種の戦争だよ。誰も嫁さんや子供を
戦争には連れて行かないだろ?

 質 プレッシャーを乗り越える秘訣は何?

 パ 家族と一緒に乗り越えるのさ、孫娘と遊んでね。経験もものを言うよ。私はすでにW杯やオリンピックを経験しているし、それが重圧を減らしてくれるし、どう対処すればいいかも教えてくれる。主に読書をしたり、絵を描いたりする趣味も非常に重要だね。でもそのための
時間がないけどね。もう4ヶ月近くも絵を描いていないし、テニスにいたっては2ヶ月もしていない。でもドイツに出発する直前は、4日間をアングラ・ドス・レイス(注・ブラジル有数の高級リゾート地)で過ごすよ、クルージングしてね。そうした日々が私に充電してくれるのさ。

 続く。

  パレイラ監督




創刊の辞

2006/01/01(日)
 ブラジルの激しくも美しいサッカーを愛する読者の皆様、初めまして。そして「日刊伯剌西爾蹴球新聞」へようこそ。
 ドイツ大会が開かれる記念すべきW杯イヤーの2006年1月1日、ブラジルのサッカーについて幅広く網羅するこの新聞が創刊されました。4年間のブラジルでの記者経験及び情報網や人脈などを生かして取材執筆に当たる私のこだわりが「O」(オー)。
 Opa(オーパ、「わぁ」)、Otimo(オッチモ、「最高」)そして日本でもよく知られるOle(オーレ、「頑張れ、やった」)など「O」の文字で始まる数多くの間投詞が、ブラジルのスタジアムでは飛び交います。読者の皆様に様々な「O」を伝えるのが創刊の目的です。
 編集方針としても「O」がキーワードとなります。私が自分のOlho(オーリョ、目)で見、さらにはOrelha(オレーリャ、耳)で聴いた情報にこだわった記事を掲載し、皆様と「O」を共感していきたいと思います。末永くお付き合いいただけると幸いです。


<< 前のページ 
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。